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回遊履歴復元プロジェクト

国立科学博物館 特別展「海 -生命のみなもと」で、マッコウクジラの歯の同位体比から生息履歴を推定した研究が紹介されています

2023.09.21

現在、東京上野の国立科学博物館で開催されている特別展「海 -生命のみなもと」でマッコウクジラの歯の同位体比から生息履歴を推定した研究が紹介されています。会場には、今年1月に大阪湾で座礁したオスのマッコウクジラの上顎歯と当プロジェクトの白井厚太朗博士(東京大学大気海洋研究所 准教授)、青木かがり博士(帝京科学大学 准教授)、小林駿博士(東京農業大学 博士研究員)杉原奈央子博士(海洋生物環境研究所 博士研究員) らのチームが年齢査定及び各成長層の同位体比分析をおこなった結果が展示されています。この特別展は10月9日まで開催されています。

研究の紹介

2023年1月9日、大阪湾に注ぐ淀川河口に1頭のマッコウクジラが出現しました。発見当初の報道では体長8mのコドモとされ、SNSを中心に“淀ちゃん”という愛称がつけられるとテレビでは連日その様子が伝えられ、世間の注目を集めました。加熱する報道の一方で、クジラの衰弱は著しく、発見から4日後の1月13日に死亡しました。大阪市はこの個体を沖合に沈下することを決定し、それに先立って体内に溜まったガスを抜く作業と学術調査がおこなわれることになりました。この調査には海遊館、大阪市立自然史博物館、日本鯨類研究所、東京大学、東京農業大学、筑波大学、大阪市、国立科学博物館から総勢20名が参加しました。限られた時間での調査だったため、得られた標本はわずかでしたが、その中にはこの個体の生前の様子を垣間見せてくれるものがありました。

年齢査定

ハクジラ類の歯は生涯生え替わることがなく、象牙質やセメント質には成長層と呼ばれる濃淡の層が交互に形成されていきます。成長層は多くの種で年1組形成されることが知られており、これを読み取ることで死亡時の年齢を推定することができます。マッコウクジラの下顎歯は歳をとるにつれて先端が摩耗して初期の成長層が失われていってしまうので、年齢査定には基本的に終生埋没している上顎歯を用いることが一般的です。今回の調査でも年齢査定に用いるために上顎歯を採取しました。研究室に戻った後、この歯を煮沸して軟組織を取り除きます。その後、縦断面を中心まで砥石で研磨し、蟻酸で数時間脱灰すると成長層を肉眼で確認できるようになります。年齢査定の結果、この個体の年齢は46歳と推定されました。マッコウクジラの最高年齢はオス75歳、メス77歳で、当該個体は著しく高齢とは言えない年齢です。野生動物の平均寿命を知ることは容易ではありませんが、本種では漁獲個体や集団座礁した群れの記録をもとに年齢組成や自然死亡率の推定が試みられており、メスでは45歳前後から個体数割合の低下が加速していることから、この頃から自然死亡率が上昇するのではないかと考えられています。オスについては不明な部分が多いですが、雌雄の最高年齢に大きな差が見られないことなどから、オスでも概ね同じ時期に死亡率が上昇しはじめる可能性があります。したがって、当該個体は著しく高齢ではないですが、死亡率が上昇しはじめる時期に差し掛かっていた可能性があります。 小林 駿(東京農業大学生物産業学部)

同位体比分析

過去の商業捕鯨の捕獲記録から、マッコウクジラのオスは成長すると、温暖な海で暮らすメスと子供の群れを離れ、より北の海で暮らすと言われています。しかし、本当にそうでしょうか。歯の象牙質に形成される年輪の安定同位体の割合を調べ、生涯を通した生息域や成長、食性の変化を推定しました。日本沿岸に漂着したオス5個体の歯を調べたところ、温度に左右される酸素安定同位体比は生涯を通して同様でしたが、炭素安定同位体比は十代後半で大きく低下しました。十代後半で生まれ育った海域を離れ、食性も大きく変化した可能性があります。一方、大阪湾に漂着した今回の個体では、他の個体よりその変化が小さく緩やかだったため、生涯を通した生息域や食性の変化は小さかったようです。成長しても北の海に行かず、メス達のいる海の近くで暮らし続けるオスがいるのでしょうか。それは何故でしょうか、今後もクジラの歯から目が離せません。青木かがり(帝京科学大学生命環境学部)

【国立科学博物館 特別展 海 -生命のみなもと】

特別展 海 -生命のみなもと

国立科学博物館(東京上野公園)

2023/7/15 (土) 〜 10/9 (月, 祝)

URL:https://umiten2023.jp/

国立科学博物館

2023年1月9日 大阪府の淀川河口にストランディングしたマッコウクジラ 調査概要

URL:https://www.kahaku.go.jp/research/db/zoology/marmam/2023OsakaPm/